人生最初の挫折・・・(それほど辛かった看護師1年目)

救急医療をやりたーい!だけで看護師に(笑)

それに、十分やれる自信とやる気があった。

やる気満々で看護師1年目を迎えました。

希望通り救命センターに配属になり、朝7時ぐらいから夜9時ぐらいまで職場にいて、ご飯を食べて夜中の1時過ぎまで勉強する。

そして、また仕事へ。

過緊張で過ごす毎日で、休みの日の前日は早く寝れるけど・・・。休みの日も勉強しないとという強迫感に駆られる日々。

だんだんそんな緊張感が張り詰めた生活が続くはずもなく、勉強が手につかなくなる。

かといって早く寝れるわけでもなく中途覚醒、早朝覚醒の日々。

出勤時間の7時が近づいてくると、吐き気や倦怠感が襲ってくる。

ほとんど半べそかきながら仕事にいってました。

 

 何がつらかったって、仕事なんかではなく人間関係が辛かった。先輩の顔色うかがうことが多く、患者より先輩のことの方が気になって、挨拶しても無視される・・・。

相談してこいと怒られるが、相談しにいくと嫌な顔される。

そんな日々が限界で、半年しかもたずに救命センターを辞めること決意しました。

決意と言っても、それしか逃げ場がなかった。看護師すら辞めたいと考えていた。

この決意に至ったできごとが二つあります。

一つ目は夜勤勤務で足が冷えて眠れないというおばぁちゃん。今思うとせん妄の一歩手前だったと思うけど、何度も足をさすっては起き上がっての繰り返しで、私はその時新人だったので2床しかもっていなかったので、そんなに足が冷えるのであれば足浴してあげようと23時を過ぎたあたりから足浴をしていました。

その時、一番苦手だったリーダーの看護師の方が休憩の相談にきて、足浴してる私を見つけて、

『こんな時間に何してるの?ハッ?信じらんない?(舌打ち)』

・・・去っていく。

どうして怒られたのかはわからず、ただ今自分は悪いことをしているという、焦燥感にかられました。

今思うと、休憩を回さないといけない時に、2床しか持っていないからという安易な考えで足浴を始めていたことに怒ってたんだと思う←リーダー目線あるある(笑)

そして二つ目は、その数日後に前のエピソードと同じ一番苦手だった看護師の方が患者の移送でベッドを押していたので、

自分の患者の保清ケア中でしたが、ベッドとベッドがぶつからないようにベッドを少し斜めにずらしたんですけど、

その時!ケア中でしたので柵をあげ忘れてしまい、『患者が落ちたらどうするの?自分の患者の安全も守れないの?』と怒られました。

 この時は、怒られたことがショックだったのではありません。患者のために、家族のためにと思って頑張ろうと思っていたに、自分は患者のことより先輩のことを見て仕事をしているのだと思い知ったからです。

それがわかった時、最後の糸が切れました。家に帰る途中から、涙が止まらず・・・・。

それから、師長に辞めたいと打ち明けに行ったのですが、師長からは『つらいのは当たり前だからやめられては困る。教育していくのにどれだけの時間とお金と労力がかかってると思っているの』って言われ、考え直すように諭された。

そんな言葉では、私の切れた糸がつながるわけもなく。

1か月に再度辞めることを告げました。

今度は師長から、辞めるなら看護部長と面接してと言われ、また怒られるの覚悟で看護部長面談へ。


 そこで、看護部長からかけられた一言が、

『つらかったんでしょ。つぶれる前に、打ち明けてくれてありがとうね。今すぐにでも、部署を変えてあげる。』

そんな、言葉をかけられるとは思わなかったので、師長の前では泣かなかったのに、思わず泣いてしまいました。

看護部長は、月の半ばだったので、有給休暇を使って、次の月から新部署へ配置換えしてくれることを提案してくれましたが、最後の意地でなんとかその月いっぱいは勤務を務めることができました。

それでも、部長は『休みたくなったら休んでもいいからね』と最後まで、私に逃げ道を作ってくれました。


 この挫折で私は、人の弱さを知りました。

今まで、自分が思う通りに物事が進んできました。やりたいことをやりたいようにやらせてもらってました。それが、自信になりましたが、何でもできると過信にもなっていたのです。

弱いものは怠け者とまで思っていたのかもしれません。

うつ状態になったことで、本当に『うつ病』は誰にでもなる可能性があるんだとわかりました。根性論だけでは、語れないものがあるということ知りました。

それと、正論を振りかざすだけでは人の心は動かせないということも、だれかが逃げ道をつくってあげるということも大切なのだと思いました。


 この時決意したことは、新入職者には優しく接するということ、特にメンタル面には十分な配慮をするということ、逃げ道を常に作ってあげるということ。

新人教育は、指導する側は個別的な対応が必要だということ。

看護部長みないな、弱い者の立場も十分に理解できる管理職者になりたいとただ漠然とおもいました。

今でも、新人教育に携わりたいと思うのは、こんな新人時代を過ごしたからだと私は自信を持って言える。

そしてこの経験に今は感謝している。

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人生最初の挫折・・・(それほど辛かった看護師1年目)” に対して1件のコメントがあります。

  1. 泰平よう より:

    私も新人の時、同じような環境で、睡眠不足、先輩に怒られることの怖さ、自己喪失感、絶望感とか色んな思いに押し潰されそうな経験をしました。
    カールもそういう時代があったのかと思うと、共感出来ます。ありがとう。

    1. takato.decemberboy@gmail.com より:

      コメントありがとう!
      辛い経験は時として成長へのスパイスにはなる!
      でも、新人の時に必ずしも必要ではない!
      そこを勘違いすると、成長はできるかもしれないけど、魅力的な職場ではなくなってしまい、人がどんどん離れて行く。
      結果的に、職場のレベルが下がると感じてます。

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