人にはそれぞれ得意分野がある!

 看護師初めて、半年で救急看護を挫折・・・

 

その後、外科系の病棟で3年半働きました。

その間でも、どうしても救急看護の不完全燃焼感が残ってて、いつかはもう一度救急看護をやりたいなぁって思っていました。

だから、緩和ケアの講習に行った次の月には急性期の輸液管理やICUから始める呼吸リハビリテーションなど救急で使えそうな講習にも参加してました。

最初の大学系病院を4年間勤め、家族ともども引っ越すことになったので、それを機に再度救急看護の世界に戻ることを決意しました。

今度は、新人のときと違い、どんな先輩にもある程度対応していける自信もありました。

 

でも、どうしてそんなに救急看護に戻りたかったのか・・・?


看護師を目指すきっかけになったのが救急だったから?

 

そもそも、皆さんは救急ってどうしてそんなにいいのって思います?

 

私は、緩和ケアも救急と同じぐらい好きですが、でもやっぱり救急がやりたいです。

ここからは、私の感覚で不謹慎な表現も含まれますので、気分を害される方もいると思いますが、どうかお許しください。


緩和ケアの良さは、患者さんに寄り添うことができるところですね。

時間もかけられるし、ケアを通して信頼関係を築きながら、患者さんがどのような最期を望んでいるのか、それに対してどのような選択しが用意できるのか、死に向けてどんな準備ができるのかを一緒に考え悩みながら、一つ一つ解決していく、それが緩和ケアの醍醐味でした。

最後は、どんなにその人が望んだ死であっても悲しいもので、いつも泣いていました。

それでも、一緒に過ごし、一緒に歩んだその道が自分を成長させてくれている、看護師やってて何かの役に立てているっていう実感を味あわせてくれるのでした。


救急の良さは、いい意味でも悪い意味でも色々な患者さんがきます。

多種多様なのは疾患や病態だけではありません!

今まで病院嫌いで異常に気付きながら目をつぶって過ごしていたのにどうして我慢できない状況になり最後に救急に助けを求めてくる方、人格が破たんして社会生活に支障をきたしてしまっている方、警察に追われている方など、本当に地球上にはこんな人もいるのかという驚きを味あわせてくれます。

共通して言えるには、どんな人にでも看護は展開できるのです。

それを、探す楽しみっていうのもありますね。

それと、病院で働いていると、どんなに拒否されて、拒絶されても看護を展開しないといけない時があるんです。

拒絶や拒否に至るその人の背景を探りながら、罵倒されてあげあし取られてイラッとしながらも、必要としているケアを探し出さない時があるんです。

人間性や高い倫理観を試されていると感じる時もあります。


救急は、意識のない方または意識を医学的に落としている方も対象になります。言葉は交わせません。そういう時だからこそ、看護師は常に患者のことを家族のように心配しなければならないのです。

痛みや苦痛はないだろうか?

この治療は患者にとって有益性のあるものなのか?

本人・家族は今何を望んでいるのか?

常に考えながらケアを提供していかなければならないのです。

これが重症ケアや救急看護の面白さだと思います。

先日、看護学生と死後処置をしていた後にこう言われました。

「亡くなわれた方なのに、服を着せる時に『袖を通しますね~。』とか声かけていて、ひとりの人間として扱われているのだと、感動しました。」と、ごく自然の行いが看護学生には、普通ではない行為に見えたのでしょうね。

こういう倫理観や看護観はやっぱり看護師になってから徐々に育まれているのだと思います。

それと、ここからは私だけかもしれませんが、患者さんが急変した時、ショック状態やプレショック状態になっているときには、私はアドレナリンがでます。

11秒を争うなかで、次に何をすべきか、何を先読みし、何に優先順位をおいてケアしないといけないのか、そのなかでこの患者さんや家族はどうしてほしいのだろうか、どう扱われるべきなのかを考えるながら同時に何かを行いながらケアしているときはワクワクしてしまいます。

小学生のときの遠足の日の朝とか運動会の日の朝とかクリスマスプレゼントをあける前とかそんな感覚に近いワクワクドキドキ感があります。

そんな状況をうまく乗り切れた時、やっぱり救急が好きだなぁって思います(笑)

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